16 -sixteen-



その日も田島悠一郎はいつものように、朝練ギリギリの時間に校門をくぐった。(というか駆け込んだというか)
人が少ないのをいいことに、校内に入ってもスピードを緩めずに駐輪所まで駆け抜ける。
錆びの浮いたトタン屋根の下に突っ込んで、飛び降りる。――10.0。
そのまま回れ右をして、田島はグラウンドへ急いだ。
これまた毎度のことながら、ユニフォームでの登校だから着替える手間がない。

「はれ、花井?」
グラウンドへ向かう途中、部室の前でチームメイトを見つけて田島は声をかけた。
ひょろりとした長身に坊主頭。主将の花井梓が階段の手摺に手を掛けたまま「おう」と言った。
「お前またギリギリかよ。どうでもいいけどパン食いながら来んのはヤメロっつっただろ。マンガかお前は」
並んで歩きながら花井が呆れたように言った。
「らってじはんねーんらもん」
そう言って田島はぐもぐもとトーストを口に詰め込んだ。
「花井だって遅いじゃん」
「オレぁ今日たまたまだよ。教科書忘れて取りに戻ったから」
「ふーん」
入学早々置き勉している田島には関係のない話だ。
そして田島はまるで天気の話でもするみたいに切り出した。
「ところでオレさあ、今日誕生日なんだ」
「は?」
花井は思わず間抜けな声を出したが、すぐに、
「お、おお。オメデトー」
と如才なく答えた。
「誕生会でもやんのかぁ?」
花井はそう言って、肩を竦めてくつくつ笑った。
五月の三橋の誕生日会はもはや伝説となっていて、本人のいないところではこうしてよくジョークとして使われた。
「あー、それもいいなー。けどうち、そんなに人入らねーからなー」
「やる気かよ…」
「だからさ、プレゼントちょーだい」
ぐるん、と田島は花井の方を振り返った。目が子供のようにキラキラ輝いている。
「……え?」
あまりのことに花井は一瞬絶句した。
「お前……フツーそういうこと自分で言う? 言っちゃう?」
「えーダメ?」
「いや、ダメっつうか……」
そういう問題じゃなくてなんつーか人として……と花井は思ったが口には出さなかった。言っても無駄だと思ったからだ。
「いいけど、その代わり金のかからないモンな! オレ今月金欠だから」
今月と言わず毎月中旬ともなれば財布の中は見るも無残な状態になる。お小遣い日までまだ十日もあるというのに。
「オッケーオッケー。ヤッター!」
田島の無邪気に喜ぶ姿を見て花井は不安になる。そして不安の向こう側にどこか微笑ましく思っている自分を見つけて苦悩する。
しかし、そんなもの所詮田島にはお構いなしなのだ。
「じゃあさ」
田島はあらかじめ決まってたかのように言った。
「花井の写真ちょーだい!」
「…………は?」
答えるのに、たっぷり十秒はかかっただろうか。
「オレの写真? なんで?
当然の疑問。――を、花井は口にした。
別に写真くらいどうってことないけど、男友達が誕生日プレゼントに欲しがる類のものじゃないし、第一野郎が野郎の写真持っててどうするんだよ? 相手が女の子ならともかく――
そう考えて、花井はなんだかいやな予感がした。
「えー、言ったら怒るもん」
「おっお前、オレが怒るようなことを考えてるのか〜〜〜!?」
詰め寄る花井に、田島はまあまあと言った。
「イヤ、別にそんなヘンなことじゃねーって。ただちょっとオカズに……」
「はああああああああ!!!??」
花井は絶叫にも思える声を上げた。
「ナニソレ!? なんなんだよソレ! オッ、オレ男だぞ!? 何考えてんだお前!!!」
「落ち着けって!」
「これが落ち着いていられるかあああ!!!」
花井の白い顔がみるみる赤黒くなった。
田島はおお、タコみたいだ!と暢気な感想を述べている。
「おまっおまっ…オレ、オ、オ……!」
花井は今にも泣き出しそうな顔でぱくぱくと口を動かした。
「なんで……」
ふにゃふにゃの声音で、やっとそう言った。
田島はちょっと困ったような顔をして、
「だってさあ、最近オレ、花井じゃないとヌケないんだもん」
となんとも(花井にとっては)衝撃的なセリフを吐いた。
「なっ……!!!??」
目をむいて花井は飛びのいた。
「お、お前……そうゆう……?」
「いやー、よくわかんねぇけどさあ」
あくまでもあっけらかんと田島は話す。
「この前夢に花井が出てきてさ、それからかなあ? 他のヤツじゃあ勃たなかったんだけどなァ」
あっはっは、と朗らかに田島は笑った。
「あ、そうだ、昨日15歳のラストオナニーも16歳最初のオナニーも花井の世話になったんだ! ありがとな!」
「お前…っ」
がっくりと花井は項垂れた。もう、想像したくもない。
こんなヤツ相手にカッコイーとか頼もしいとかライバルとか思ってた自分が情けなくて泣きそうになる。
立っていられずに花井は膝を抱えるようにしてしゃがみ込んだ。
「おっ、なんだ? どうした?」
どうしたじゃねえだろよ、と花井はやはり口に出さずに毒づく。
「田島さあ…」
「ん?」
見上げた田島の顔があまりに悪びれてなくて花井は言葉をなくす。
自分が悪いのか?という気さえしてくる。
――いやっ、そんなことはない!
ぶんぶんと頭を振る。間違ってるのはどう考えても田島の方だ。
「なんでオレなんだよ、わけわかんねえよ…」
「うーん」
問われて田島は首を捻った。
「オレさ、多分思うんだけどさ」
と田島は腰を落として花井と目の高さを合わせた。
「オレ、」
田島の目が、花井を真っ直ぐ捉えた。
「花井のこと好きなんじゃねーかな」
言って、田島はニヒ、と笑った。
どさ…。
音がして、
気がつくと花井は尻餅をついていた。
「花井?」
大丈夫かよ、と田島は手を差し出した。花井は呆然とそれを見た。
「おーい、花井ー?」
目の前で手をひらひら振る。
それでも反応がないので、田島は花井の方に手を掛けた。
「おい、大丈夫か?」
「わあああっ!!」
田島が触れた途端、花井は素っ頓狂な声を上げて身体を引いた。
それを見て、田島はおかしそうに笑った。
「なんだよ、ビビッてんの? だいじょぶだって。花井にはヘンなことしねーよ」
「オオオ、オレをオカズにしてるくせに…!」
「まーそれはそれだけどさ」
何がどれだと言うのか、田島はまだ笑っている。
「だから写真くれって言ってんじゃん。花井にどうこうするとは言ってねーだろ」
「同じだよ!」
「そおかあ?」
よくわからない、という表情で田島は首を傾げた。
「まあどっちでもいいけど、写真くれよな!」
「やだよ!」
「えーケチー」
「ケチとかそういう問題じゃねえ!」
田島は唇を尖らせたが、そのうち閃いた、という顔をした。
「じゃあ撮ってもいい?」
カメラを構える格好をする。花井の背筋を冷たいものが走った。
「そっ、それもダメ!!」
どんな写真を撮られるかわかったものではない。それくらいなら写真をやったほうがマシだと花井は思った。
「え〜…」
田島が不服そうにそう言ったそのとき、高らかにチャイムが鳴った。
「げっやべ!!」
反射的に花井は立ち上がった。田島の顔にも焦りの色が出ている。
「とりあえず話は後だ! 行くぞ!」
朝練はとっくに始まっている。理由もなく(理由なんて言えるはずもない)遅刻なんて、またモモカンに頭を握られる!
乾いた秋の風に土埃を舞わせながら、二人はグラウンドまで大慌てで走った。
「お、前のせい、だから、な!」
「なんで、だよっ」
「バカなこと、言いやがっ、て!」
「誕生日、だぞ! そんくらい、いいじゃんか!」
それを聞いて、花井はああそうだと思い出した。
いろいろショッキングなことを聞きすぎてすっかり忘れていた。
「あとで、ハッピーバースデーでも歌ってやるよ」
グラウンドの入口で呼吸を整えながら、ぼそりと花井はそう言って、田島の顔を見ずにベンチへと再び駆け出した。






















田島様お誕生日おめでとう!
できることなら梓本体をプレゼントしたいです。
そっとピンクのリボンをかけて。
自分の写真がオカズにされてるなんて、
もういっそ自分がなんかされた方がマシだ!
っていうくらい嫌だろうなあ。ぞくぞく…!
本当にかわいそうな梓が大好きです。
きっと田島もそんな梓が大好きだと思います。
早く結婚できるといいね!(そればっかり)




















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