敵わない |
――俺はどんな球でも打つよ! そう言ったあいつの背中が大きく見えた。 張り合っても勝てない力の差。オレが手に入れたかったセンスと才能が、形を持って現れたみたいだった。 スゲエと思ったのもホント。 カッコイイと思ったのもホント。 だけど、悔しいからそんなことは言ってやるもんかとずっと思ってた。やっぱりどこかで張り合っていたんだと、思う。 「――とまあ、そんな時代もあったワケデスヨ」 照れ隠しにちょっとカタコトっぽくオレは言った。 練習後の夕暮。ガードレールに腰かけて。流し込んだポカリの冷たさは心地いいけれど、もうすぐ夏が終わることを、風の色が教えていた。 田島は黙ってオレの話を聞いていたが、聞き終わって一言、「なんで?」と言った。 「なんで? だってお前もすげぇ球打つじゃん」 他の奴なら空々しいって腹が立つところだけど、田島の場合はお世辞とかタテマエとかとは無縁な奴だ。言おうと思っても言えない。本当にそう思っている言葉しか、口に出ない。 ――そう思ったら、急に。 「ちょ、待って――なんか――」 ペットボトルを持った手の、手首のところで歪みそうな口元を押さえた。いや、歪むっていうか、緩む? なんだろう、オレ。嬉しいのか? いや、嬉しいだろ、それは。 「?」 相変わらず田島はきょとんとした顔のままで。 「何だよ、ヘンな奴」 そう言ってオレのおごりのコーラをごくごくと喉を鳴らして飲んだ。 オレはその横顔を窺う。深い意味も他意もない言葉に一喜一憂している自分が馬鹿みたいだ。 「いや、ワリ、忘れて」 「ウン、わかった」 こっちがガッカリするくらい素直な反応。そんなもんだよな。 打順を待つ間も、守備の時も、オレは田島の背中ばかり見てる。背は二十センチも違うのに、どうしてこんなに頼もしく、大きく見えるんだろうと思っていた。 でも。 田島がオレの背中を見ることはない―― 「でもさ」 田島が何気ない声で言った。 何だよと素っ気無く答えた。 「オレ、ホントに花井の打球好きだよ。キレイに遠くまで飛ぶじゃん。それに――」 田島はニイッと子供みたいな顔をして笑った。 「お前の打球はオレをホームに還してくれる球だ」 「!」 いつか百枝に言われたことだ。田島はホームラン打者にはなれない。点を取るには、その後をつなぐ打者が要る。 「オレ、花井は絶対オレを走らせてくれるって信じてるからさ!」 ――うわ! 嘘のない言葉。嘘のない笑顔。 張り合って意地張って、それでも敵わないって卑屈になって――そんな自分が恥ずかしくなった。 ああそうだ。いつだって田島はどんなピンチもへっちゃらな顔をして。 大丈夫。 信じてる。 そういう目をしてオレを見たじゃないか。 バッテリーを組んだ時だって、18.44m先に見えるあいつはいつでもオレを勇気づけた。 「花井?」 薄闇に輪郭の溶けた田島の顔が、覗き込むようにこっちを見ていた。オレは手のひらで押し返すようにしてその首を捻じ曲げた。 「……お前、ちょっとむこう向いてろ!」 「なんで? 何赤くなってんだよー?」 「うるせっ、赤くなってねーよ」 「ウソだぁ」 オレの手を押し返して田島がからかうように笑った。 「てめ、そのコーラ返せよ」 「やだよ、もう飲んじったもんね!」 ぎゃあぎゃあと他愛ない話で笑いあって。 そんな時の田島はとても子供っぽく思えるけど。 「だから結局さ、オレは花井になれないし、花井はオレになれないし。したら羨ましがったってイミないだろ。自分なりにやるしかないじゃん」 不意にそんなことをさらっと言ってしまうから。 ――ああ、これだから。 オレは、俯くようにして汗をかいたペットボトルを火照った額に押し当てた。 ――これだから、オレは田島に敵わない。 それは決して、悔しいとか、いやな気持ちではなかったんだ。 |
夏コミで配布したペーパーに載せたSSをちょっぴり修正。 こんなものがあったことを忘れていました。(健忘症) これが初めてのタジハナSSになるのかな? ということは私のタジハナの基本てことなんでしょうね。 |