約束 |
| 「おい、門脇。着いたぞ」 肩を揺さぶられておれは目を覚ました。 「ん…? おう、早いな……」 「何言うてん。ずーっと寝てたくせに」 「おまえ図太くてええなあ。おれ昨日もよう寝られんかったで」 チームメイトたちの笑う声を頭上に聞いて、おれは目をこすった。 狭苦しいバスの座席に詰め込まれた体が悲鳴を上げている。 早く外に出たかった。 立ち上がると、天井に頭をぶつけた。 「あだ!」 「何やってんじゃ、門脇。あほじゃのう」 「そんなんで明日っから大丈夫か?」 「おいっ、おまえら早く出ろ」 「あ、やべ…」 監督の声に追い立てられ、おれたちは蒸し暑い車外へ出た。 そしておれは、目の前にそびえる巨大な緑の壁を見た。 午後の日差しを弾くツタの葉は、隙間なく絡み合ってまるでウロコのようだ。 目を細めて、首をそらす。抜けるような真夏の空と、緑のツタ壁。 何度も何度も、テレビで見た風景。 そして、何度も夢で見た景色だ。 ――ああ、やっとここまで来た…… おれは、帽子のつばを深く下げた。 閉じた目の奥に、懐かしい記憶が蘇った。 --- 「秀吾」 Tシャツに半ズボンの俊二が、棒アイスをなめながらおれを振り返った。 夕暮。近所の空き地でキャッチボールをした帰りだったろうか。 おれも俊二も泥だらけで、グローブを腋に抱えていた。 「おまえ、甲子園てどこにあるか、知っとるか?」 「甲子園? わからん。東京か?」 おれは、そう答えたと思う。 俊二は呆れたように笑って、 「あほ。兵庫や。兵庫の西宮」 そう言って、ソーダ味のアイスに歯を立てた。 「ちゃんと覚えとけよ。いつか、行くんだからな」 「えっ、見に行くんか」 「あほ、ちゃうわ」 俊二は顔だけおれのほうに向けてにやりと笑った。 「甲子園出場や。当たり前やろ。おれと、おまえがいれば、絶対甲子園行けんで」 「俊」 「行こうな、一緒に」 ――あれからもう、十年が経った。 --- 「どうした、門脇。感動で声も出んか」 カントクに背中を叩かれて、我に返る。 「……はい。ずっと、ここが目標じゃったから」 「せやな。ここは、全ての高校球児の憧れや」 監督が感慨深げに頷く。 「ここに、おまえらを連れてこられたこと誇りに思うわ。――いや、連れてきてもろうたのはおれのほうか。ほんま、おまえには感謝しとるで、門脇」 「…………」 がむしゃらに、野球をしてきた。高校に入ってからは特に。 気付かずに見失った大事なものの埋め合わせをするように――いや、失ったことを忘れたかったのかもしれない。隣に、おまえがいないことを。 俊二、おまえが野球を捨てたのは、やっぱりおれのせいなんだろうか。 二人で行こうと言った甲子園に、いま、おれは立っている。 だけど――だけど、俊二。おまえがおらん。 本当は、おまえをここに連れてきたかったんじゃ。 なあ俊二。 おまえはいま、何を見てる? あの約束は、もう忘れてしまっただろうか。 |
門脇の一人称だなんてほんともう、ねえ…(笑) もうちょっとアホっぽくしたかったな。 なんか何も考えないで書いてしまったけど、 甲子園出場ってことでこないだの瑞垣本(夏の花)と リンクしてるようなかんじもしないでもない。 |